土壌くん蒸消毒をより安全に行うために ~ガスバリア性フィルム~
みなさんこんにちは。病気の研究者の門馬です。突然ですが、この写真は何を撮影したものかわかりますか?手前だけでなく、ずっと向こうの方にも水田のようなものが広がっているのが分かると思います。
これは土壌消毒中のカリフォルニアのイチゴ畑を撮影したものです。現地を訪問したころはちょうど土壌消毒のシーズンで広大な畑が隙間なくフィルムで覆われている風景があちこちで見られました。
今回のコラムでは、長廣の園芸講座コラム「園芸でのマルチあれこれ」を受け、いったん還元消毒の話題を離れて、土壌消毒に使われるフィルムについての話題をご紹介させていただきます。
土壌消毒は作物を安定的に栽培するために必須の技術といえます。土壌消毒や化学合成農薬を用いない栽培技術も開発され、実践されている生産者さんも増えてきています。しかし、明日突然に土壌消毒剤が使えなくなってしまったら、深刻な食糧難に陥ってしまうことは間違いないでしょう。
土壌消毒剤の中でも土壌くん蒸剤に分類される薬剤は、適用作物や病害虫の範囲が広いため、古くから使われてきました。土壌くん蒸剤は、土壌に施用したのち速やかにガス化して拡散します。ガス化した剤が周辺に漏えいすることを防ぐためにプラスチックフィルムが用いられます。ある土壌くん蒸剤は、目や呼吸器に対する刺激が極めて強く、誤った使用は事故の原因にもなります。ほとんどの土壌くん蒸剤では、土壌表面を農ポリとよばれる農業用ポリエチレンフィルムで被覆することが義務付けられています。フィルムが破れていたり、土壌くん蒸剤を処理してから被覆をするのが遅れたり、被覆そのものを怠ったりすることで、周辺環境へガスが漏えいし、問題となることがあります(図1)。当然、ガスの漏えい量が多い場合には、土壌消毒の効果も低減してしまいます。
土壌還元消毒法のやり方は前回のコラムでもご紹介しましたが、土壌中に有機物を投入し、多量に潅水して、プラスチックフィルムで被覆するだけです。これにより、土壌を強制的に還元的な状態とすることで、その過程においてさまざまな植物病原菌や植物寄生性線虫の密度が低減していきます。土壌環境の還元化は酸素の消費が引き金となっているため、酸欠によって病原菌が死ぬと説明されることもあります。しかし筆者らは、少なくともトマト萎凋病菌については(本当はその他の多くの病原菌についてもですが)、単純な酸欠状態で死ぬことはないと考えていました。そこで次のような実験を行いました。
土壌くん蒸消毒で用いられるフィルムとしては、ポリエチレンフィルムが多いですが、古くなったハウスの外張りを用いることもあります。ハウスの外張りは農ビ(農業用ポリ塩化ビニール)が用いられているものが多く、ポリエチレンフィルムと比較してかなり重たいことから、風の強い地域の露地での土壌くん蒸消毒を行う際に使われることがあります。
ところで、みなさんはこれらのフィルムを気体が透過することをご存知でしょうか?ゴム風船が時間の経過とともにしぼんでいくことは皆さんご経験があると思います。これと同様に、農ビや農ポリでできたフィルムもガスを透過させます。特に農ビは農ポリと比較して、ガスの透過性が高いことが調べられています。また、例えばフィルムを厚くしたとしても、ガスが漏えいしてくるまでの時間は長くなりますが、それ以降の透過速度はほとんど変化しません。
ガスが周辺環境へ漏えいしてしまうことへの不安や消毒効果の低下に対する懸念から、ガスバリア性フィルムというものが開発され、普及している地域もあります。土壌くん蒸剤の使用に対して非常に厳しい規制のあるアメリカでは、ガスバリア性フィルムの普及がかなり進んでいます。冒頭の写真はまさにガスバリア性フィルムを用いて土壌くん蒸消毒を実施しているところです。アメリカでは全面マルチという方法で土壌くん蒸消毒が行われています(図2)。この方法では、土壌くん蒸剤の処理と同時に被覆を行いながら、しかも、フィルムの端と端を専用の糊で接着して、圃場全体をフィルムで覆ってしまいます。こうすることで、被覆の端の部分からのガスの漏えいも低レベルに抑えることができます。
ちなみに、ガスバリア性フィルムがどれくらいガスを通しにくいかというと、クロルピクリンという土壌くん蒸剤の飽和蒸気圧(20℃)でのフィルム透過速度(g/㎡/h)は、農ビ(0.05mm厚)を100とすると、農ポリ(0.05mm厚)でおよそ30、ガスバリア性フィルム(0.02mm厚)でおよそ0.1となり、農ビとガスバリア性フィルムを比較すると約1/1000程度になるといわれています。
しかし、この数字をみても全くイメージがわかないと思います。そこで、下記のような実験装置を作成して、農ポリとガスバリア性フィルムの性能を比較する実験を行いました(図3上)。腰高シャーレという深型のガラスシャーレに微生物を培養するための寒天を分注し、その中心に検定用のカビを置きました。シャーレをさかさまにして、蓋の方に土壌くん蒸剤の一つであるクロルピクリンの入った容器を置き、その上に農ポリまたはガスバリア性フィルムをかぶせました。さらにその上に検定菌が入っている容器をかぶせて一定時間培養を行いました。
その結果、農ポリを用いた装置では、検定用のカビは生育せずに死んでしまいました(図3下)。一方で、ガスバリア性フィルムを用いた装置では、検定用のカビの菌糸がシャーレの縁まで生育してきました。このことから、農ポリ区ではガス化したクロルピクリンが透過し検定用のカビを殺菌してしまったこと、ガスバリア区ではクロルピクリンの透過が抑えられたために、検定用のカビが旺盛に生育したことがわかります。
以上にお示しした通り、ガスバリア性フィルムでは土壌くん蒸剤の透過量を低減することが可能となります。筆者が参画した共同研究において、図1でご紹介した事故が発生した生産者さんの圃場で試験を行いました。その際の生産者さんの感想としては、「普段であればクロルピクリンを処理した後は、とてもハウス内に立ち入ることはできないが、ガスバリア性フィルムを使った場合には、ガスの臭気が全く気にならない」とのことで、土壌くん蒸剤を処理したあと2時間以上もハウス内で話し込むことになってしまいました。本当は早く宿に帰って、地場のおいしいものを食べに行きたかったのですが…。
そういったわけで園研では、化学合成農薬を用いない土壌還元消毒法のような技術だけでなく、土壌くん蒸剤をより安全に使う方法の研究や普及も行っています。これと併せて、病害に強い抵抗性品種の育成を通じて、持続可能な農業生産技術の発展に貢献できるよう、日々努力を続けています。
そういったわけで、次回のコラムでは、再び土壌還元消毒の話題をご紹介させていただこうと思います。
著者プロフィール
- 名前
- 門馬法明
- 出身地
- 北海道名寄市
- 専門分野
- 植物病学、土壌還元消毒、土壌くん蒸消毒
- 趣味
- 釣り、ヨガ、テニス
- 好きなもの
- 甘栗
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